絶賛、体調不良です。
3日ほどベッドから出ず療養中。
頭おかしくなってきたので暇つぶしに私の秘密を暴露しようと思います。
といっても、
秘密というわけではなく、「別に言うほどでもなかった」ことを記そうと思う。
私は、9歳の頃から
西田敏行さんのファンになってしまった。
きっかけは、両親に連れられていった
『虹をつかむ男』
という、渥美清さん追悼映画を見に行ってから。
渥美清さんは言わずと知れたあの「男はつらいよ」の寅さん役で一世を風靡した役者さんである。
同時に、山田洋次作品にも魅せられ、
山田洋次作品のファンにもなってしまった。
『虹をつかむ男』は、
就活を失敗し、路頭に迷い、家出をした若者が四国の脇町で
オデオン座という古びた映画館の館長と出会い、
そこで生まれる人間関係で成長していく映画である。
齢9歳であった私はその魅力にぐぐぐ〜〜〜っと引き込まれてしまった。
「9歳」というのは、
その後の人生に大きな影響を与える年齢らしく、
その年に暴力的なものを見せたり体験させるとその後の人生で
犯罪を起こしたり暴力的になってしまったりもする。
私の場合は、完全に山田洋次監督の英才教育を受けてしまったのだ。
それは、父と見に行った最後の映画だったからかもしれない。
その日は、なぜか寅さんスピードくじ的なキャンペーンがあり、
見事大当たり。
寅さんTシャツをゲットした。
背中にはでかでかと
「ケッコウ毛だらけ猫灰だらけ」
とかいてある。
そのTシャツはもう20年も愛用している。
その日から、
その小さな町の映画館に足しげく通った。
すると、映画の館長が上映期間が終わった虹をつかむ男のポスターをプレゼントしてくれた。
彼には、9歳の小学生が
西田敏行さんのポスターを手に入れてあんなに喜んでいたのだから少し不思議に思っていたかもしれない。
クラスメイトの部屋には木村拓哉やスマップのポスターが貼られている中、
私の部屋には何枚もの西田敏行さんの写真やポスターが貼られていた。
お小遣いをためて、
寅さんと西田敏行さんのテレホンカードを買ってコレクションしたり、
中学校の時は
「戦争反対」と書いた、西田敏行さん直筆の扇子も購入してドヤ顔で使用していた。
時々、西田敏行さんの夢をみて大興奮していた。
そして、月日が経ち、
大人になった私。
そして、15歳のときに私の家庭教師をしてくれていたお姉さんが結婚することになった。
テレビ局関係で働いている旦那さんと。
そこで!!!
たまたま隣になった人が、
なんと
探偵ナイトスクープのプロデューサーだったのだ。
なにかの話から、
私の西田敏行さんへの熱い思いをつげると、
「金曜日に、テレビ局へおいで」
そういわれるがまま行ってみると・・・
なんと探偵ナイトスクープの観覧に参加させてもらえた!!!!
初の生西田敏行さん!!!!
もう、涙で前が見えねぇ!!!
もう、すっごい感動。
夢の人に出会えた。
すっごいめぐりあわせ。
周りの人に感謝!!
西田敏行さんは福島県郡山出身なんだってね。
伯父が住んでいるためよくいくからばったり会えへんかな?(期待)
西田さん始まりだったこともあるが、
山田洋次監督の作品にもかなり魅せられ、
いまでは何かことあるごとに柴又へいく私。
行くたびに何かミラクルが起こる。
そのミラクルについては過去にブログに掲載しているので
読んでいただけると嬉しいです(興味ないよね!AHAHA!)
http://ameblo.jp/yuimocca/entry-11465855055.html
体調不良をいいことに、
こんなよくわからないカミングアウトをしてみました。
ちなみに、私が初めて買ったCDアルバムは
「渥美清ベスト」です。
気になる方はぜひチェックね!
大事なことは全て寅さんが教えてくれるよ!
ぐあぴしま!