確信しました。
私の周りにはおっさんよりおっさんを極めている女性もいる。
しかし、それにもかかわらず女性を女性として扱い続けてくれる男性も存在する。
先日、祖母の7回忌で茨城県へ家族みんなで向かった。
自然に恵まれ、人々はゆったり暮らしてて、
素晴らしい時間を家族と過ごすことができた。
新大阪に着いて、地下鉄に乗った瞬間、
現実に引き戻された。
4時間の長旅に疲れ果てた私は、電車の壁側のポジションへもたれかかった。
すると、
私たちより少し年上に見えるカップルが少し多めの荷物で乗り込んできた。
私たちがその場所で落ち着いているにもかかわらず、
「ここでいいんちゃう?」
と私たちを直視、そして両手に持ったたくさんの荷物をアピール。
a.k.a「私たちの荷物の方が多いんだからさっさと場所を譲りな!このメスブタ野郎!」
めっちゃ腹たったけど、しょうもない喧嘩はするつもりはないので私たちは
その場所を譲った。
私たちの背中にそのしょーもないカップルは
「さ〜ませ〜ん」(すいません)
Hello!現実!
イライラする私に、旦那は
「都会って、ストレスが多いな。」とぽろり。
そして、
あたりを見回しても
みんなスマートフォンを惜しみなくいじり倒し、
席を必要としているお年寄りや妊婦さん、子供連れのお母さんに気づきもしない。
いや、気付いていても気づかないふりしているのかも。
スペインに旅行した時に教えて貰ったマナー:
1、若者は基本的に電車で座らない
2、お年寄り・女性に席を譲るのは当たり前
3、席に座っている若者=スペイン人ではない
とみなされるらしい。
ロサンゼルスに留学していた時も、
どんなにヤンキーやジャンキーでもお年寄りや女性には席を譲っていた。
こうゆうところが日本の「遅れているところ」と感じずにはいられない。
スマートフォン使ってバカになっては本末転倒なのだ。
そして、今度はこの現状に旦那がイライラし始めた。
「この状況を見るだけで、吐きそうになる。」
近くの席では、少し障害をもっているであろう人が
楽しそうに独り言をしていた。
その隣で眉間にしわを寄せている人がいる。
私たちの真向かいにはおばあさん2人が立っていた。
明らさまに嫌な顔するなよ!
誰か、席を譲ってあげて〜!
ゲームは立っててもできるよ!
すると、私たちが立っていた真隣の席の白髪の男性が立ち上がった。
「お嬢さん、ここに座って^^私は次の駅で降りるから。」
70代の男性が60代の女性に
「お嬢さん」と声をかけ席を譲り始めた。
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
かかかかかっこいいいいいいいいいい!!!!
私たちは声をそろえて彼に声をかけた。
「恋に落ちました。」
おじいさんは、いきなり外国人と外国人疑いのカップルに声をかけられても戸惑うことなく、
“Where are you from?”と聞いてきた。
英語を一生懸命私たちに向けて話してくれる。
どこまでも紳士!
よくわからないが、私はマニラ出身、旦那はマドリード出身ということになった。
彼は、大きな荷物を持つことなく、
小説1冊を片手に
スマホを持っている人たちより100倍スマートに見えた。
席を譲ってもらった女性も私たちの話をニコニコきいている。
おじいさんの目的地である「次の駅」についても降りる様子がないので、「お嬢さん」が声をかけた。
「もう駅に着きましたよ?」
すると、
「今、彼らと楽しく話してるからいいんです^^」
か、かっこいいいいいいいいい!!!!!!
住んでる街とか、日本はどうとか(留学生と思われているので)とかを話して
1駅乗り越して彼は降りて行った。
「お嬢さん」も私たちに
「さよなら^^」と言って別の駅で降りて行った。
私たちが降りる頃には、
さっきまで独り言を言っていたお兄さんが
「ばいば〜い!!」
と見送ってくれた。
私たちも彼よりも大きな声で
「ばいば〜い!」
と言って最寄駅についた。
降りる頃には、私たちのやさぐれた気持ちが和らいでいた。
席を1つ譲ったり、
それを行動に移した人に声をかけるだけで
笑顔が広がった。
自分も、変わらない状況にイライラするんじゃなくて、
自分から状況を楽しんでいかないと。
そして、冒頭で述べたように
「女性」を「女性」として扱い続ける男性は決してセクシーさを失わない。
女性を「おっさん」として扱う人は「おっさん止まり」である。
それ以上に、
人を人として尊重する人が「残る」人だと思う。
「心に」という意味である。
人生を楽しくするのは他人ではなく、自分自身だ。
今日も良い出会いがありますように!
アプリコッ都!!!